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智の図書館

学び得たことが、いつかだれかの力となって、少しでも多くの人の役に立てればー。

お盆にあった講演でいわれていた、戦争の悲惨さをまた思い出したので書いてみる。

家族が見ているところで、

 

虫の息の親が、

死体の上に

ポイッと捨てられたんです。

 

ドラマじゃ炊き出ししているけど、

現実は、

げんじつは、そうじゃない。

 

現実にあったのは、

 

「1個」

 

のさつまいも。

 

そのサツマイモの配給があるだけだったんです。

 

生です。もちろんナマです。

 

 

火をおこすことさえ、

湯をたくことさえむずかしい、

 

ただイモをあらってたべる。

 

腹を下しても、

ろくに治療はない。

 

虫の息になれば、

 

助からないー

 

と、思われれば、

 

家族の目の前で、

タンカに乗せれられて、

運ばれていくんです。

 

そして、家族の目の前で、

死体の山の上に、ポイッと捨てられたんです。

 

いま、たったいままで横にいた親が、

まだ、生きているのに、

虫の息だけど意識はあるのに、

 

生きたまま、ゴミのように捨てられたんです。

 

まだ生きているのがわかる。

生きている、息してるのがわかる。

 

あそこにいるのは、あそこに捨てられたのは、

私の親だっていうのがわかる。

でも、どうにもできないんです。

 

そして、また虫の息のひとが連れられて来る。

 

タンカで運ばれてきて、私の親のうえにポイッと、

捨てられるんです。

 

あれは、もうひとじゃない。まるで、ゴミだ。

ほんとうに、ほんとうに、

つらかった。

 

なにがつらかったって、生きてるのが、生きてるってわかってる親が、

いや、すいません(涙をぬぐって)。

 

だから、この戦争の悲惨さを忘れないでほしい。

 

そう語っていた。

 

法律が変わる。

 

その法律の変更が悪いとはいわない、

自衛隊が警備にあたることで、

警備がいなければ、被害に遭わないひとを救うことができることもあるハズだ。

 

リスクがあっても、自衛隊が戦線ではなく、警備が必要なトコにいけば、

戦闘経験のある、もしくは戦闘前提の軍隊が前線の警戒にいけて、

状況が少しよくなることもあるかもしれない。

 

でも、法律でできるできないに関係なく、戦争はすべきではない。

「戦争がなにを生むのか」だけは、忘れないでいたいと思うこの頃である。